1936年(昭和11年)①2/26「2.26事件」の勃発

2022年6月27日アジア・太平洋戦争

陸軍の「統制派」は、事件を起こした「皇道派」を一掃し、日本は陸軍を中心に戦争国家改造に突き進む。
 前年まで右翼によるテロ未遂事件や陸軍青年将校による政府転覆計画が連続して発覚していた。そしてついに陸軍内部の皇道派である急進過激派は、2.26事件(昭和11年2月)を起こした。帝国陸軍といっても派閥争いは激しく一枚岩であったわけではない。ここでは、「2.26事件」と、旧帝国陸海軍の「統帥権思想」について述べる。
(左写真)「憲兵のものものしい警備に守られた、戒厳司令部になった東京・九段の軍人会館」(1936/2)(右写真)「Google ストリートビュー」から切り抜いた東京・九段会館(撮影日2017/10)(出典)「2.26事件と昭和維新」新人物往来社1997年刊

1936年(昭和11年)2月26日2.26事件勃発。

2月26日の早朝(午前5時)、各連隊の青年将校らは、蹶起と同時に目標とした政府首脳や重臣をその官邸や私邸に襲った。
翌日2月27日東京市に戒厳令が公布され、戒厳司令部は最初の三宅坂から九段の軍人会館に移された(午前6時)。
ここではその概要と、2.26事件の「蹶起趣意書」、「判決文(罪状)判決理由書(動機と原因)」などから陸軍の思想的背景などについて考えてみたい。

下

1936年(昭和11年)2・26事件の処刑一覧、判決文(罪状)判決理由書(動機と原因)、「2・26事件と郷土兵」

1936年(昭和11年)7月7日午前2時陸軍省発表。反乱将校ら17名に死刑の判決下る。准士官以下47名処断される。
段の最後に、2・26事件に参加したり関係した埼玉県関係者の証言記録である「2・26事件と郷土兵」埼玉県史刊行協力会 1981年発行を一部抜粋した。

下

大川周明「大東亜秩序建設」、北一輝「日本改造法案大綱」の思想

ここでは陸軍に思想的影響を与えたかもしれない大川周明と北一輝の著作の一部を紹介する。

下

帝国陸海軍の統帥権思想と統帥権干犯。

統帥権干犯とはどういう意味か。この統帥権の問題については、新陸軍読本と海軍読本から陸海軍の統帥権のところを抜き出してみる。陸海軍の主張する「統帥権」の意味がわかる。軍部は政府に対して、「政府は第1次ロンドン会議で、天皇の大権である兵力量を勝手に外国と決めた」ことを「統帥権干犯」と主張した。だが「満州事変の際、関東軍は天皇の命令を待たず軍事行動を起こし、かつ朝鮮総督は朝鮮軍を命令を受けずに勝手に越境させた」。この方が「統帥権干犯」であることは明白である。

下