1930年(昭和5年)1/11濱口内閣「金解禁」断行、「緊縮財政」のなか「統帥権干犯」問題が起きる。

2022年6月27日アジア・太平洋戦争

日本は最悪の不況時代を迎え社会不安が増大するなか、「統帥権干犯」問題で右翼による濱口首相狙撃事件が起きた。
ここでは最初に、経済的視点から大きな経済の課題であった「金解禁」について要点を述べる。この時代の日本は、政治的にも経済的にも世界のなかで重要なポジションにいたと思われる。ロンドン海軍軍縮会議、金本位制復帰、そして金輸出再禁止など、日本は世界(政治・経済)と協調しようとしていたのである。
(上新聞)11/15東京朝日新聞(出典)「朝日新聞に見る日本の歩み」朝日新聞社1974年刊

金解禁・金輸出再禁止までの世界の動きと正貨流出、ドル買いなど。

ここでは、濱口内閣が行った「金解禁」の意味することを、主要国の状況などや経済的な数値・表などを引用して基本的な理解を深めたい。この時代でも、現代と同じように通貨(円やドルなど)に対する投機が行われ、巨額な利益を上げた財閥、銀行が存在したのである。外国との貿易に必要な為替の仕組みや、正貨流出、ドル買いについての理解も深めたい

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11/14社会不安の増大は、ついに右翼による濱口首相狙撃事件を引き起こした。

濱口内閣は、金解禁と緊縮財政による経済立て直しを図り、その政策は総選挙によって国民に支持された。対外的にも協調政策を進め、ロンドン軍縮会議においてもアメリカと妥協し海軍の反対を抑え込んだ。金解禁自体も、世界的な金本位体制の秩序に復帰するのが目的であり、そうすることによってこそ、日本経済を立て直せると考えたわけである。しかし最悪のタイミングで世界恐慌が起こり、日本は最悪の不況時代を迎えてしまうのである。物価下落、生産縮小、賃金引き下げ、失業、労働争議、農業恐慌、小作争議が頻発し、社会不安の増大は、ついに右翼による濱口首相狙撃事件を引き起こした。

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