「君が代」と「教育勅語」そして「軍人勅諭」「尋常小学校修身書」

アジア・太平洋戦争

国歌である「君が代」の意味を教えてもらいましたか。国歌が国民にとって理解できない歌なら、新しい国歌を作るのも、国民の権利義務です。老人が古いものや歴史があるものだけに価値があると考えていると、日本の若い精神がさび付いてしまうことでしょう。
 ここでは、最初に「君が代」の意味と教育勅語、そして「軍人勅諭」を引用する。この「軍人勅諭」のなかでは大元帥としての「天皇」の歴史と、軍人の役割について簡潔に述べられている。次に戦前の一般国民の意識や道徳を、「尋常小学校修身書」の「修身」から引用して理解してみる。戦前の一般国民にとっては、この「修身」と「教育勅語」は一体化しており、あたりまえの「常識」であり「道徳」であった。現代から見ると前近代的に思える天皇制ではあるが、国民道徳と精神的支柱(「国家の宗祀」=国家神道)として、あるいは国の成り立ちの歴史において、日本の骨格であったに違いない。
(上題字)斎藤実、第30代内閣総理大臣・海軍大将・(昭和11年2.26事件で暗殺)(出典)「満州事変・国防献品記念録」陸軍省昭和8年8月発行

目次
大日本帝国の思想 主要項目
★大日本帝国の根幹の思想。「君が代」と「教育勅語」 最初に「君が代」の意味。次に「教育勅語」については、音声合成(中性声)で聞いてみる。
★「軍人勅諭」 解説に『・・軍人勅諭は、御文章が長く、そのうちに昔のよみ方の文字や、むつかしい語句も多いので、文字や語句のわけをよくおぼえ、たびたびくりかへして奉読(ほうどく=つつしんでよむこと)しなければ、大御心(おおみごころ=天皇の心を)拝することができません。・・・』とある。
★「尋常小学校修身書」から見る「教育勅語」。 「尋常小学校修身書」では、アメリカ人のベンジャミン・フランクリン(アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられる)も登場しているし、護憲、兵役、納税の義務、投票権の行使義務などが書かれている。戦前の天皇制・道徳教育だからといって全否定してしまえばよい、というものでもない。

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★大日本帝国の根幹の思想。「君が代」「教育勅語」
「君が代」について

戦後世代にとって、明治以降の大日本帝国の「天皇制」について知る機会は少ない。しかし、現在でも役所などの公文書の年月表記が、「明治・大正・昭和・平成」等の年号表記のみであり、西暦を併記していないことからも、日本の「天皇制」の歴史にふれることができる。そしてもっとも「天皇制」を象徴するものは国歌である「君が代」である。
●「日本国歌」である君が代の歌詞の意味は、明治以降の大日本帝国においては、次のようである。

『天皇陛下のお治めになる御代は千年も万年もつづいてお栄えになるように』とお祝いする意味である。


ただ、この歌詞の意味合いは深く、単に天皇崇拝ではなく、次のような意味が込められているという。 大正13年(1924年) 日比書院 刊「敬神尊皇通俗お話集」の「悠久な君が代」には次のようにある。箇条書きに簡単にまとめてみる。

①世界中の人が日本を軍国主義の国だといっている。しかし日本国民は、『穩やかな神樣逹に生みなされて、おだやかな国土に育てられた』国民だから、決して戦好きではない。
②国民が『平和主義の国民であり、穏やかな民性の所有者である』という証拠は、わが国歌たる「君が代」にある。それは英国、フランス、アメリカ、ドイツなどの国歌と比べればよくわかる。

君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで


③『これを歌う音律からも、いかにも悠久な、いかにも平和で、自然的な非人工的な性質を示して居るところが、日本の国体の本質を表している。』とあり、次のようにまとめている。

④「千代に八千代」と壽く(ことぶく=言葉で祝福する)「君が代」の詞の中には、ちゃんと君民両者を温く包んで離るべからざるものとして居りますのは、わが国体を遺憾なく象徴して居るものであります。民を離れて君が代なく、君の栄を外にして民の幸福が無いといふのが他に類例を見ない日本の国柄であります。然も無限大の長さを、『さざれ石の巌となりて苔のむすまで』と比喩したところ、如何に自然美の優しい言ひ表し方を用いたものでありませう。わが国民性はかくも美しく、斯くも平和的であります。


とある。君が代は、日本の国体(国柄)と国民性を祝福するものでもある、というわけである。


国歌はその国の在り方と時代の象徴である。いくら歌詞の起源を古今和歌集にもとめても、意味するところは、明治以来の天皇制に基づいて、天皇の治世を国民が祝うものであったことに違いはない。君が代はそういう歴史を背負ってきた国歌である。第二国歌と呼ばれた「海ゆかば」を聞けば、「君が代」の意味するところがはっきりわかる。

「海(うみ)行(ゆ)かば 水(み)漬(づ)く屍(かばね)山(やま)行(ゆ)かば 草(くさ)生(む)す屍(かばね)大(おお)君(きみ)の 辺(へ)にこそ死(し)なめ かへりみはせじ」


(大意:海では水につかった屍になろうとも、山では草が生えた屍になろうとも、天皇の足下で死ねるなら、決して後悔はしない)

*リンクします「<軍歌・準国歌>海行かば」
動画・出典:YouTube(mjrkwe1945氏)

●国歌たるゆえんは、国の骨格そのものを歌うことにある。では現代において日本の国家としての骨組みは何なのだろうか。「天皇制」とは違うはずである。明治以前の日本人は別の価値観をもって生きていたはずである。若い世代が、いつまでも明治・大正・昭和という過去に縛られる必要はない。

「教育に關する勅語」
最初に、1890年(明治23年)10月30日に発布された、「教育に關する勅語」を引用する。
なぜなら「尋常小学校修身書」の巻頭は、「教育勅語」からはじまるからである。(ふりがな=○○○は、星野による、広辞苑、漢字源等による語意引用。また「十大詔勅謹解」前島義教 [著] 科外教育叢書刊行会大正7の語釈から引用した。)
「教育に關する勅語」
(ちん)(おも)フニ我(わ)カ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん=広く大きく遠く久しい)ニ徳(とく=恩恵のこと)ヲ樹(た=植えつくる意)ツルコト深厚(しんこう=深くてかつ厚きこと)ナリ我(わ)力臣民(しんみん)(よ)ク忠(ちゅう)ニ克(よ)ク孝(こう)ニ億兆(おくちょう=万民)(こころ)ヲ一(いつ)ニシテ世世(よよ)(そ)ノ美(び=美しい風習)ヲ濟(な)セルハ此レ我力國體ノ精華(せいか=内部のよい気力が、外にあらわれて美しい光彩を放つこと)ニシテ教育ノ淵源(えんげん=大本)(また)(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)

下

フリーソフト(SofTalk)で、上の「教育勅語」を音声合成(中性声)で読み上げてみた。間合いも発音もちがうが、文章読みの参考にしてください。

*リンクします「九大詔勅謹解 : 神器訓御製御歌抄」「教育勅語」など→ 国立国会図書館デジタルコレクション

★「軍人勅諭」
●「軍人勅諭」「明石叢話. 7」明石為次 著 大正13-15 より引用 
ここでは、「軍人勅諭」を引用する。1878年(明治11年)に起こった「竹橋事件」。近衛砲兵大隊の兵士が蜂起し、当時仮皇居だった赤坂離宮へ、天皇への直訴を試みた。天皇と政府に忠誠を誓うはずの近衛兵の反乱は政府に衝撃を与えた。山県有朋は陸軍全兵士に「軍人訓戒」を配布した。そしてそれを元に「軍人勅諭」が作られた。日本軍の根本思想である。
昭和19(1944年)敗戦前年の発刊、「軍人勅諭読本」には、勅諭の前文に下記のように書かれている。
(ふりがな=○○○は、星野による、広辞苑、漢字源等による語意引用と、「軍人勅諭読本」からの引用)
『・・大東亜戦争がはじまって、我が国は、世界の強国といはれる米・英の二国と、戦ふことになりました。開戦三年余、戦争がだんだんはげしくなり、今や我が国は興亡のわかれ目に立つに至りました。どんなに大きな苦しみを嘗(な)めても、何十年かかっても、この戦争には必ず勝ち抜かなければなりません。これからの我が国民は、一人ものこらず男子も女子も軍人精神を養ひ、それぞれの職場で、勇ましく働くことが必要になって来ました。とりわけやがて陸海軍の軍人となるべき青年や少年は、今から軍人勅諭に仰せ出されてあるたふとい(=とうとい)訓へを心の底に強く刻みつけておかなければなりません。
軍人勅諭は、御文章が長く、そのうちに昔のよみ方の文字や、むつかしい語句も多いので、文字や語句のわけをよくおぼえ、たびたびくりかへして奉読(ほうどく=つつしんでよむこと)しなければ、大御心(おおみごころ=天皇の心を)拝することができません。・・・』

下

*リンクします「軍人勅諭」→国立国会図書館デジタルコレクション
*リンクします「軍人勅諭読本」→国立国会図書館デジタルコレクション
*リンクします「軍人勅諭解義」→国立国会図書館デジタルコレクション
*リンクします「幹部候補生案内 : 志願より除隊まで」→国立国会図書館デジタルコレクション
★「尋常小学校修身書」から見る「教育勅語」。
「尋常小学校修身書卷六児童用」
次に「尋常小学校修身書卷六児童用」昭和12年(1937年)10月文部省発行を引用してみる。下の目録(目次)をクリックして、それぞれの課(章)にいくことができる。脱税、投票放棄についても、きっちり小学校生に教えている。現代の社会人も、このことをきっちり教わってきたのであろうか。
 ●19課(国民の務)では次のようにある。

「我等は自ら進んで租税を納め、國を盛にする心掛が大切です。我等がもし納税に關する申告を怠ったり、納税の期限に後れて督促を受けたりすると、國に無益の手数をかけます。まして申告を偽って脱税をはかったり、期限に後れて滞納處分を受けたりするやうなことがあっては、自分の恥であるばかりでなく、國の仕事の妨になります。」

●また20課の(国民の務)でも次のようにある。

「帝国議會の議員を選挙するにも同様によく注意して、候補者の中から、性行が善良であり、りっぱな考をもってゐる人を選擧しなければなりません。自分だけの利益のために投票し、又は他人に強ひられて適任者と思はない人に投票してはなりません。また理由もないのに、自分の選挙権を棄てて投票しないのは、自分のすべきことを怠って自分を軽んずる行です。
また帝國議會の議員に選ばれた者は、その職責の重大なことを思ひ、常に國事を以て念とし、かりそめにも私情に動かされず、忠實に職責を果さなければなりません。」

とある。現代においても、個人や企業の脱税事件はもとより、市議会議員や国会議員らの不祥事を見ると、彼らが『忠實に職責を果している』とは言い難い。政治家を選ぶ尺度は、学歴や出自ではなく、国家と国民に対する忠誠度で量らねばならない。

「尋常小学校修身書卷六児童用」昭和12年(1937年)10月文部省発行」

下

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