森と木と丘陵

スギとヒノキの区別がつかない

●「身近な樹木ウオッチング」=まず基本170種を覚えよう(淡交社1990年刊・2001年新版)には、次のように書かれている。ちょっと抜粋すると、

 『・・日本は、国土の7割が山林によって占められる世界有数の森林国である。そして日本の文化も「木の文化」といわれる。戦後の日本は、コンクリートと金属、プラスチックが氾濫し、現代人の多くは森林との関わり合いを断たれてしまった。・・・・都会に暮らす人々の樹木に関する知識がまことに貧弱なものになっているのも事実である。スギとヒノキの区別のつく都会人がどれほどいるだろう。・・・・』とあります。

●私は都会人とは少しも思ってはいないけれど、自分がまったく樹木、草花の名前を知らないことに気付いている。そんな無頓着な人間が「自然の美しい日本」とか言っている。木の名前も満足に知らないわけだから、まったく恥ずかしい限りである。スギとヒノキの区別も大変難しい。
●そこでいろいろと植物図鑑などをネットで探したところ、いろいろなサイトがあった。特に次のサイトは、葉や幹の写真や、風景の写真も満載なので、興味も惹かれわかりやすい。少なくとも東京近辺では見られない風景である。

自然観察や岡山県の自然保護地域のレポートなども豊富。
「かのんの樹木図鑑」かのんの樹木図鑑
種類の見分け方は「葉」「樹皮」「切断面」でわかると次のサイトにあった。登山口ネット
この植物事典にも多くの樹木が掲載されている「GKZ植物事典」

●上の3枚の写真も、埼玉県飯能市と入間市の写真だが、一番右のが「ヒノキ」であとは「スギ」だと思われる。下の写真のように葉っぱで見分けることはできそうだが、木はまっすぐに高く葉はよく見えないので、よくわからないのが本当のところだ。下に落ちている葉っぱの残骸と、樹皮が赤褐色で大きく裂けている様子が、ヒノキではないかと思われる。


(上写真)出典:葉っぱで見わける「樹木ハンドブック」監修者 高橋秀男 池田書店2011年発刊

●こうやって近くの山を歩いてみると、スギの木が多いことに気付く。下の写真もスギであろうか。スギばかりではないとおもうが、スギやヒノキは、まっすぐ空に向かって直立しているのでよく目につく。(ヒノキ科ヒノキ属の「ヒノキ」「サワラ」、ヒノキ科アスナロ属「アスナロ」などもある。)


●しかし、さらに上った奥武蔵中央部の関八州見晴台(飯能市)からは杉林とは違った風景が見渡せる。

秩父方面への眺望

どうしてヒノキやスギが多いのか

●まず林野庁の公式サイトから、「スギ・ヒノキに関するデータ」の冒頭部分を引用してみる。

『 スギ、ヒノキは、我が国を代表する主要な造林樹種であり、形質に優れ加工しやすいこと、成長が早いことなどから、古くは奈良時代から広く利用されています。
また、戦時中及び戦災復興需要に伴う伐採跡地の復旧や経済発展に伴い増大した木材需要への対応など、各時代の国民的ニーズや社会・経済的要請に応えるため、スギ、ヒノキの造林を推進してきたところであり、これらの人工林は、木材資源であると同時に、国土の保全や地球温暖化の防止、水源のかん養等の多様な公益的機能を発揮しています。
我が国の国土面積( 3,779万ヘクタール)の約7割を森林面積(2,508万ヘクタール)が占めており、そのうち、人工林面積は、1,029万ヘクタールで、森林面積の約4割となっています。 なお、スギ人工林は、448万ヘクタールで、森林面積の18%、人工林面積の44%、ヒノキ人工林は、260万ヘクタールで、森林面積の10%、人工林面積の25%を占めています。』とあります。
参考サイト「森林・林業学習館」
引用サイト「林野庁」公式ページから「統計情報」
「林野庁・分野別情報」スギ・ヒノキ林に関するデータ

●次に、「林野庁・分野別情報」からテーマごとにデータ(林野庁2012年度)を引用して簡単にコメントをつけて一覧表にしてみる。

現在の日本の森林の状態
テーマ 内容 資料名 グラフ・数値
スギ・ヒノキの割合 日本全体の森林面積の28%がスギ・ヒノキ林であり、人工林面積の69%を占めるとあります。また、この埼玉県での森林面積に対する割合は、46%とあります。 都道府県別スギ・ヒノキ人工林面積 sug2
天然林・人工林などの面積 埼玉県は天然林と人工林の面積は同じ。 都道府県別森林面積 ts
天然林・人工林の割合 全体の54%を占める天然林は、そのほとんどが広葉樹林とあります。そしてあとから人工で作った木がほとんど針葉樹林とあります。 森林面積に占めるスギ・ヒノキ人工林の割合 stj
どんな種類の木を造林してきたか スギ・ヒノキ以外はマツ類(アカマツ、クロマツ、エゾマツ、トドマツ)とカラマツとあります。人工林のほとんどが針葉樹林とあります。 樹種別人工造林面積 jj
国産材の供給量と自給率 国産材の自給率の推移は、1955年の94.5%から2012年は27.9%に落ちた。一方国産材と外材の供給量は、1955年、42,794千m3(国産材)・2,484千m3(外材)が2012年、19,686千m3(国産材)・50,947千m3(外材)となった。 木材需要(供給)量(丸太換算) mz
一番なにが問題なのか。 人工林(育成林=木材の畑)の面積は1995年=1040(万ha)から2012年=1029(万ha)とあまり変わらず推移している。しかし人工林の森林蓄積(樹木の幹の体積)は1995年=1892(百万m3)から2012年=3042(百万m3)と17年間で1.6倍に増えてきている。つまり簡単に言えば、畑には多くの樹木(生産物)ができて収穫を待っているが、売上と経費の関係で、赤字となり誰も収穫できない状態が続いている、ということらしい。そしてこの現況は林業の衰退を招き、それは取りも直さず、日本国土の荒廃につながっているといわれる。 我が国の森林資源の現況 wg
スギ花粉の問題 『通常、スギ花粉が盛んに生産されるのは、30年生以上と言われています。』と書かれている。グラフをみても30年以上のスギの面積は概算でも90%以上であろう。スギの寿命が何百年なら、花粉症対策はこのままでは子々孫々まで必要になってしまう。 スギ・ヒノキ人工林齢級(森林の年齢)別面積 sk
自然林と人工林と雑木林

●「武蔵野と雑木林」のところで、「雑木林(ぞうきばやし)は自然林ではなく人工林であるといわれる」と書いた。そして今、大きな比率を占める人工林が利用されず、それにより林業が衰退し、それは取りも直さず、日本国土の荒廃につながるともあった。この意味するところを、以下の著作を参考にし、一部を引用してまとめてみよう。

●「森の力」(植物生態学者の理論と実践)宮脇昭 講談社2013年刊
●「日本の美林」井原俊一 著 岩波書店 1997年刊
●「身近な樹木ウオッチング(旧版、新版)」淡交社 1990年、2001年刊
●「樹木ハンドブック」(葉っぱで見わける)高橋秀男 監修 池田書店 2011年刊
●「大人の樹木学」石井誠治 著 洋泉社 2013年刊

●最初に「身近な樹木ウオッチング」から引用すると、

(江戸の発展とともに生まれた雑木林)
『雑木林は、自然林ではなく人間が作りだした林である。シイ・カシ類の常緑照葉樹林が伐採され、焼きはらわれた後、そこにはクヌギ・コナラといった落葉広葉樹が育ち、二次林が形成される・・・これが雑木林である。武蔵野の雑木林も江戸の発展とともに生まれた。・・・』とあります。

●また、「日本の美林」では次のようにありました。

(荒廃の構図)
『かつて、私たちは「いい森」を持っていた。雑木林も、そのひとつである。国木田独歩が讃えた武蔵野の雑木林は、かならずしも特殊な森ではなかった。同じような雑木林は、全国各地に広がっていた。文学的に表現することはなくとも、多くの人々が日々親しみ、好ましいと感じていたのではないか。
その雑木林は、所有者や育てる側にとっても、なくてはならない緑だった。薪(まき)を採り、炭に焼いた。落ち葉は、田畑の肥料としても使われた。・・・・・
・・・その里山の雑木林が姿を消しはじめたのは、戦後まもなくのことである。薪炭(しんたん)にかわって、電気、ガス、石油が使われるようになった。いわゆる燃料革命である。さらに、化学肥料の普及で、落ち葉までも不要のものになった。・・・・・』とあります。

●では雑木林より前の自然林とはどんなものか、「森の力」から引用してみると、

『自然の森は、土地本来の森の主木(群)を中心に形成されていた。主木とは、その森の高木層を優先しているメインの樹種である。そして自然の森は、上から順に高木層、亜高木層、低木層、草本(下草)層、場所によってコケ層から構成されて、垂直的に緑の壁をつくり多層群落の森を形成している。また水平的には、水際や草原などの開放空間と接する林縁では、マント群落が裾模様のように覆っている。そしてさらにその外側に「ソデ群落(ヤブジラミ、ヤエムグラ)」が細い帯状に草本群落を作っている』とあります。

●この群落を構成している樹木名を簡単に一覧にしてみる。

(多層群落)
階層 類型 樹木名
高木類・常緑広葉樹林 シイ類 スダジイ、コジイ
タブ類 タブノキ
カシ類 シラカシ、アラカシ、ウラジロガシ、アカガシ、ツクバネガシ、イチイガシ
高木類・落葉広葉樹林 ブナ、ミズナラ、カシワ
亜高木類 モチノキ、ヤブツバキ、シロダモ
低木類 ヒサカキ、マサキ、アオキ、ヤツデ、トベラ、シャリンバイ、ハマヒサカキ
草本植物類 ヤブコウジ、テイカカズラ、ベニシダ、イタチシダ、ヤブラン、ジャノヒゲ
マント群落 低木 キブシ、ウツギ類
ツル植物 エビヅル、クズ、ツルウメモドキなど
ソデ群落 ヤブジラミ、ヤエムグラ

●続いて、以下のようにある。

『・・・・多層群落の森こそが、潜在自然植生に基づく土地本来の森であり、ふるさとの森であり、ほんものの森であり、あらゆる「いのち」を守る森である・・』と書かれている。

●このように見ていくと、本来の森・自然の森というのは、広葉樹の森を中心とした森である、ということらしい。そして人間の手が入らなければ、自然とそうなっていくともあります。この点を知るために、基本的な知識を「大人の樹木学」から、ピックアップして簡単に要約してみたい。(星野)

●(なぜ常緑と落葉する木があるのか)
その目的は、乾燥と寒さから身を守るための方法である。
①落葉樹・・・春から夏にかけて光合成によって蓄えた貯蓄を、秋から冬にかけてできるだけ消費しないように活動を低下させる。葉を失うことにより、葉からの蒸散がなくなり、水の引き上げ力が減る。それにより水分量が減り、樹皮下にある細胞液が濃くなり不凍液化する。これにより寒さによる細胞死からまぬがれる。いわば休眠するという。
②常緑樹・・・活動を続けているので、基本的に寒さに弱い。だから雪国で生育する常緑樹は種類が少なく数えるほどしかない。そして生き残るには、樹高を低くし、雪におおわれてチルド状態で湿度100%状態にして、生き延びる、とあります。
(発生初期の広葉樹はすべて常緑だったといわれる。気候変動や乾季・雨期のサイクルにより、乾季対策のため落葉する形質を得(進化)、そして寒い地方にも進出していった、とあります。)
③針葉樹と広葉樹の関係・・・針葉樹の特定の樹木から進化したのが広葉樹とあります。針葉樹は恐竜とともに進化した樹木とかかれています(針のような葉は草食恐竜対策)。そして寒さに強い特性(仮導管細胞)で、今では寒い地域に偏って分布しているとあります。針葉樹の細い葉は、重なっても日光が下まで当たり、葉の面積も小さいため乾燥に強いなど。(針葉樹は裸子植物であり、進化論的にも古い植物なので、広葉樹に負けて寒冷地へ追いやられたのかもしれない。)

●寒さに強い針葉樹だから、ぜんぶ常緑かとおもったら、落葉樹もあった。
それは「カラマツ」「メタセコイア」「ラクウショウ」そして例外的な「イチョウ」があるという。


●では針葉樹の人工林(スギ・ヒノキ)はなぜ問題なのか。針葉樹に利点はないのか?
大きな問題は、建材として有益な針葉樹の人工林を、国内で活用できていないことが問題であって、針葉樹のせいではない。
日本全体の供給量の7割を占める輸入材のほとんどが、まっすぐで均一な品質といわれる針葉樹であることに、その有益さがあらわれている。
●ここで針葉樹(スギ・ヒノキ等)について書かれたものを紹介してみる。なんと「日本書紀」に書かれてある。
「日本書紀」神代(かみよ)上。素戔嗚尊(すさのおのみこと)樹種の播布の一書のところ。(p39~)

「・・・・一書に曰く、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の曰(のたまは)く、韓郷(からくに)の島は是れ金(こがね)銀(しろがね)あり、若使(たとひ)吾(あ)が兒(こ)の御(しら)する國に浮寶(うきたから=船)あらずば、未是佳也(よからじ)とのたまひて、乃ち鬚髯(ひげ)を抜き散(あか)つ、即ち杉(すぎのき)と成る、又胸の毛を抜き散(あか)つ、是れ檜(ひのき)と成る、尻(かくれ)の毛は是れ柀(まき)と成る、眉の毛は是れ櫲樟(くす)と成る。已(すで)にして其の用ふべきを定む。乃ち稱(ことあげ)して曰(のたまは)く、杉(すぎのき)及び櫲樟(くす)、此の両樹(ふたつのき)は以て浮寶(うきたから=船)と爲すべし、檜(ひのき)は以て瑞宮(みづのみや=宮殿)を爲(つく)るべき材(き)とすべし、柀(まき)は以て顯見(うつしき)蒼(あお)生(ひとくさ)の奥津(おきつ)棄戸(すたへ)に將臥(もちふ)さむ具(そなへ)に爲すべし、夫(そ)の噉(くら)ふべき八十木(やそこ)種(たね)、皆能く播(ま)き生(おほ)しつ。・・」
『訓読日本書紀・上巻』岩波書店1943年刊→国立国会図書館デジタルコレクション

(ヒノキが使われている建築物に、世界最古の木造建築・法隆寺五重塔(7世紀末から8世紀)国宝がある。)
●このように、日本書紀にも書かれているヒノキ、スギという針葉樹は、特別な木といえる。ヒノキは建築材として世界最高級で、古代より寺院建築に使われ、スギもまた古くから、神社の神木としてあがめられている。
●このようにみてわかることは、結論的に書けば以下のようではないだろうか。

●人間活動は、自然環境にすら影響を与える程、力を得た。自然の変化のスピードは、ゆっくりで目に見えないが、問題は内在している。そしてそのバランスが崩れるとき、問題が顕在化し、その深刻度は増大する。
●われわれの社会は自由主義経済国家である。利益が上がらない事に投資することはできない。しかしそのバランスをとる仕組みが国家にはある。国家の税金は、国民全体の利益のために使われるべきである。
●だからといって「自然に帰るわけではない」
自然環境と共生する意識を持つ必要はあるが、人間の経済活動と現代文明の恩恵を排除する必要は無い。「バランス」を取りながら進むことしかない。どうするかは国民が決めればすむことである。
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