はじめに

いつの世でも誰もが必ずおもうこと 2016年10月 星野
●いつの間にか年齢を重ねて、還暦(60才)を過ぎ、まもなく前期高齢者(65才)である。
あまり大きな決断もせず、たまたま行(おこな)った決断も幸運だったに違いない。
なぜならこうして良くも悪くも今があるからだ。

約680年前鎌倉時代末期に書かれた随筆、『徒然草』の一節(第241段)にこんなものがある。(一部引用)
「・・言ふかひなくて、年月の懈怠(けたい)を悔いて、この度、若し立ち直りて命を全くせば、夜を日に継ぎて、この事、かの事、怠らず成じてんと願ひを起すらめど、やがて重りぬれば、我にもあらず取り乱して果てぬ。この類のみこそあらめ。この事、先づ、人々、急ぎ心に置くべし」
「病気が治ったら、今度こそ悔い改めてちゃんとしようと願をかけたりする。でも、さらに病気が重くなったら、正体も無く取り乱して、そのまま死んでしまうものだ。・・」
●そんな「覚悟」をしているつもりだが、なかなかそうはいかぬものだ。

また『徒然草』の一節(第7段)には次のようにある。
あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らでのみ、住み果つるならひならば、 いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそ、いみじけれ。 命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。 かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。 つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよなうのどけしや。 飽かず、惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ。 住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて何かはせん。命長ければ辱多し。 長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。 そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはんことを思ひ、 夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、 ひたすら世をむさぼる心のみ深く、 もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。
「・・夕日のように短い命なのに、子や孫に執着して、その将来を見るまで自分の寿命を期待して、この世をむさぼるようになっていくのは、あきれたものだ。」
●兼好法師は人の心を読むかのようだ。孫ができるとまさにそう思う。

江戸時代後期(18世紀~19世紀)の良寛さんの詩には、次のようなものがある。

(出典:「良寛詩集」入矢義高著 講談社1994年刊)

我が生は一体どこから来て
そしてどこへ去って行くのであろう
ぽつねんと苫屋(とまや)の窓べに座って
凝然(ぎょうねん)として静かに思いめぐらしてみる
思いめぐらしてもその始めは分からず
ましてその終わりが分かるはずもない
この現在という時間も同じこと
移りゆく先ざきみな空(くう)でしかないのだ
その空の中に仮りにこの我れがあるだけだから
まして我れが作りなす是非善悪のあるはずもない
いっそこのささやかな我れを空の中に入れ込んで
あるがままにまぁのんびりやって行くに限る
●理屈っぽい解説じみたことを聞くよりも、良寛さんの詩は深く心にしみわたる。
『・・人の一生は、あたかも水上の浮き草のような定めなさ、波のまにまに空しく東へ西へと漂い、浪のあとについて休む時とてない・・・・・』ともある

17世紀末の芭蕉「おくのほそ道」の最初
『月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(くわかく)にして、行(ゆき)かふ年も又旅人(たびびと)也(なり)。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老(おい)をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、・・・・』
●いつかは漂泊の旅。あこがれてしまう。自分の心持ちも勝手にあちらこちらとりとめなく、まるで漂泊しているかのようである。これは認知症か?

佐賀藩士山本常朝による「葉隠」聞書の2には、次のようにある。 
・・・・少し魂の入りたる者は、利欲を離るると思ひて踏み込みて奉公せず、徒然草(つれづれぐさ)・撰集抄(せんしゅうしょう)などを楽しみ候。兼好・西行などは、腰ぬけ、すくたれ者(=卑怯者)なり。武士業(わざ)がならぬ故、抜け風(=隠者)をこしらへたるものなり。今にも(=現在でも)出家極老(=坊主や老人)の衆は学びても然るべく候。侍たる者は名利の真中、地獄の真中に駈け入りても、主君の御用に立つべきとなり。

●わたしは、腰ぬけ、すくたれ者(=卑怯者)、抜け風(=隠者)、極老(老人)ではない。
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